30年前に生き別れた妹に会いたい

受験を控えた15歳の1月。朝起きたら家の中が静まり返っていました。
父と母、それに10歳の妹、9歳の弟の姿が見当たりません。

高校2年の兄はまだ寝ていました。

兄と私を残し父と母は2人の妹と弟を連れて失踪したのです。
後でわかったのですが行き先は外国でした。

父は知人の借金の連帯保証人になっていたことが原因だったそうです。

私と兄はひとまず母方の親類宅に預けられました。

父は友人の応援があって外国ですし屋を始め、商売が起動に乗り借金の返済も
ほぼ完了しかけた頃、買出しの途中、事故に遭い母と父はあっけなく
他界しました。

失踪当時10歳だった妹は16歳に、弟は15歳になっていましたが、
母たちの死後、妹は友人がたくさんいるこの外国の地を離れるのが
イヤだと言い張り父の友人達のご行為に甘えて外国に残る事になりました。

その後、再び外国で生活を始めた妹とは手紙や小包などのやり取りで
交流できていましたが、私も結婚したり出産したりで、生活に追われ
音信不通になってしまいました。

”便りがないのは元気な証拠”と安易に受け止めていましたが、現実はそう
たやすいものではなかったようです。

父の友人の話では大学を卒業するまでは心配するようなことはなく、ごく
平凡な学生生活をしていたようですが、卒業と同時にお世話になった
友人宅を離れ一人暮らしが始まったそうです。

そこから少しづつ生活スタイルが変わっていき卒業して2年ぐらいたったころには、
住居を転々と移すようになり居所がつかめなくなったそうです。

音信不通になって早30年の歳月が流れます。
日本にいる私たち兄弟三人はそれぞれ家庭を持ち、お互いに助け合いながら
仲良く生活しています。が共通の気がかりはその妹のことです。

一番甘えん坊だった妹だったので父と母の突然の死には耐え難い悲しみが
あったのではないかと今になってそれを感じます。

当時、私も若かったので”悲しいのは皆一緒”と思って妹の悲しみの深さを
察知してあげる余裕がなく、妹にとってはこれから誰を頼って生きて行けば
いいのかわからず不安がいっぱいだったのでは・・・。

友人のいない日本に帰ってきても寂しさが増すだけで自分の居場所を
見つけるために選択したのが”現地に残る”だったのでしょう。

私たち3兄弟は妹のことを忘れたことはありません。
寄れば必ず妹の安否が気遣われています。

シアワセに暮らしているならそれも嬉しいし、困ったことがあるとしたら
何かの手助けもしてあげたい。
そんな気持ちでみんなが元気なうちに探して再会したいと願っています。

探すとしたら、どのようなことから手を付ければいいのかわかりません。
探す手段を教えてほしいのですが・・・。

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